福島の空気と水と空気を・・
東京電力の原子力発電所が
大津波の影響でトラブルをおこし
多くの方々が決死の作業で
事態の鎮静化に努めてくださっています。
それはよくわかっています。
頭が下がります。
作業員の方が3名
危険な作業を続けて被爆されました。
この驚異的なエネルギーを
人はちゃんと制御できるのでしょうか。
微量の放射線分子が漏れ続け
福島県内は放射線の濃度を毎日測定しながら暮らしています。
どうして、こんなことになったのでしょう。
その原発で作っているのは
福島の電気ではない・・
首都東京の大量の電力であったことを
知っていた方はどのくらいいますか?
日本で一番古い施設にトラブルがおこった・・
メンテナンスは大丈夫だったの?
人の手で制御できないエネルギーの怖さを知りながら
どうして、こんなことになったの?
水道水が危険な数値になった・・
翌日はその数値が下がった・・
野菜の放射線濃度が高いから
牛乳から検出されたから
農産物も
牛乳も出荷停止
いつもたくさんの新鮮な地場野菜で溢れかえっている
JAの直売所には
空のワゴンばかり
少しの野菜は、他県産。
牛乳なんて入手できません。
おいしい福島の野菜や果物は
これからどなってゆくのでしょう。
子ども達を空気に触れさせたくない
身体に直接影響が出る数値ではないと言われても
そう簡単に
納得できない・・
どうか早く・・
原発を早く制御してください。
そして、一日も早く
福島の空気と水と土を回復させてください。
安心して子どもたちが外で遊び
水を飲み
新鮮な野菜をたくさん食べられるように
そして
他の地域の皆さま
福島県は、
政府の基準にのとって安全に皆さまに農産物を供給できるように
今、苦渋の選択で
たくさんの農産物や牛乳を捨てています。
いつかまた、
福島ブランドの農産物や牛乳が店頭に並ぶ時
それは、安全な品質であることは
間違いありません。
その時はぜひ
福島ブランドを手にとってください。
よろしくお願いします。
そして是非
取り戻した福島の空気や水や土を
楽しみに足を運んでください。
私達は
きっとまた
清らかな空気と水と土のある
食べ物のおいしい
風光明媚な福島県に戻れることを信じて
今日からも元気に生きて行きます。
大津波の影響でトラブルをおこし
多くの方々が決死の作業で
事態の鎮静化に努めてくださっています。
それはよくわかっています。
頭が下がります。
作業員の方が3名
危険な作業を続けて被爆されました。
この驚異的なエネルギーを
人はちゃんと制御できるのでしょうか。
微量の放射線分子が漏れ続け
福島県内は放射線の濃度を毎日測定しながら暮らしています。
どうして、こんなことになったのでしょう。
その原発で作っているのは
福島の電気ではない・・
首都東京の大量の電力であったことを
知っていた方はどのくらいいますか?
日本で一番古い施設にトラブルがおこった・・
メンテナンスは大丈夫だったの?
人の手で制御できないエネルギーの怖さを知りながら
どうして、こんなことになったの?
水道水が危険な数値になった・・
翌日はその数値が下がった・・
野菜の放射線濃度が高いから
牛乳から検出されたから
農産物も
牛乳も出荷停止
いつもたくさんの新鮮な地場野菜で溢れかえっている
JAの直売所には
空のワゴンばかり
少しの野菜は、他県産。
牛乳なんて入手できません。
おいしい福島の野菜や果物は
これからどなってゆくのでしょう。
子ども達を空気に触れさせたくない
身体に直接影響が出る数値ではないと言われても
そう簡単に
納得できない・・
どうか早く・・
原発を早く制御してください。
そして、一日も早く
福島の空気と水と土を回復させてください。
安心して子どもたちが外で遊び
水を飲み
新鮮な野菜をたくさん食べられるように
そして
他の地域の皆さま
福島県は、
政府の基準にのとって安全に皆さまに農産物を供給できるように
今、苦渋の選択で
たくさんの農産物や牛乳を捨てています。
いつかまた、
福島ブランドの農産物や牛乳が店頭に並ぶ時
それは、安全な品質であることは
間違いありません。
その時はぜひ
福島ブランドを手にとってください。
よろしくお願いします。
そして是非
取り戻した福島の空気や水や土を
楽しみに足を運んでください。
私達は
きっとまた
清らかな空気と水と土のある
食べ物のおいしい
風光明媚な福島県に戻れることを信じて
今日からも元気に生きて行きます。
2011年03月27日 20:55
福島、東北地方への応援ありがとうございます
まずは、このたびの大地震・大津波・原発事故に伴い
たくさんの自治体の方々が被災地の避難者を受け入れてくださり
救援物資のご協力をくださり
各方面で支援してくださいますことに感謝申し上げます。
今なお、行方不明者は見つからず
原発も収まらず、ひとつ落ち着くと、次の問題が明らかにされ
先がなかなか見えてこない状況です。
でも、
私達はここで生きて行かなければなりません。
原発の影響は、この後何十年も福島を悩ませ続けて行くことだと思います。
どうぞみなさん
これからも応援をよろしくお願いいたします。
3月11日14:46
私は郡山市内の職場1階に居ました。
鳴り響く携帯の地震速報の警報
いつもなら、すぐに収まる揺れがどんどん大きくなり
いろいろな物がガタガタと高く鳴りながら揺れ動きました。
なんとか、スチールのデスクの下に潜り込みながら
ただただ子ども達のことが心配でした。
揺れがなかなか収まらず
どんどん大きく激しくなり
テレビで観た
阪神淡路大震災や、
最近のニュージーランドの
地震で崩壊したビルの映像がリアルに浮かび
きっとこのビルは崩壊する・・
そう思いながら
「このデスクはどのくらい耐えられるかな?」
としげしげと4本のデスクの足を眺め、
妙に落ち着いた気持ちで
そこに命を託す覚悟をした頃
ようやく揺れが収まりデスクから這い出て見た風景は
棚から飛び出した資料や割れた食器などでいっぱいでした。
隣のビルは屋上がつぶれていましたが、同僚たちは皆無事でした。
携帯はつながらず、不安でいっぱいの数時間でした。
それでも、その夜
私達は家族4人で、自宅の部屋で肩寄せ合って休むことができました。
ラジオから大津波で多くの方が被害に遭われたと伝え聞き
翌日、テレビでその映像を観て言葉を失いました。
毎日余震に怯えながら通勤し
家族が肩寄せ合って夜を過ごすなか
こんどは原発です。
たくさんの方が
郡山に避難されています。
役所の職員初め、多くの方が昼夜なく避難所の対応に追われています。
JRも復旧しないなかガソリンもなく
仕事への通勤さえ思うようにならない・・・
でも、私はまだまだ恵まれています。
多くの方が
家を失い、土地を失い、仕事を失い、家族さえ失って
帰る目途のたたない方ばかりです。
諸悪の根源のように注目されている原発で
福島県の方が多く残って作業をされ
自分の命を引き換えに、私達の命を守るために頑張っておられます。
危険な放水作業をレスキューの方々、
消防庁の方々、
そして自衛隊の方々が実施してくださいました。
ありがとうございました。
しかし、農業や畜産業で放射線濃度が高いとなれば
今後の
経済的打撃は測りしれません。
どうぞみなさん
これからも
福島、東北地方を応援してください。
みなさんの力を借りて
私達は復興に向けて頑張って行こうと思います。
そして、より安全な社会のありかたを
共に考えていきましょう。
たくさんの自治体の方々が被災地の避難者を受け入れてくださり
救援物資のご協力をくださり
各方面で支援してくださいますことに感謝申し上げます。
今なお、行方不明者は見つからず
原発も収まらず、ひとつ落ち着くと、次の問題が明らかにされ
先がなかなか見えてこない状況です。
でも、
私達はここで生きて行かなければなりません。
原発の影響は、この後何十年も福島を悩ませ続けて行くことだと思います。
どうぞみなさん
これからも応援をよろしくお願いいたします。
3月11日14:46
私は郡山市内の職場1階に居ました。
鳴り響く携帯の地震速報の警報
いつもなら、すぐに収まる揺れがどんどん大きくなり
いろいろな物がガタガタと高く鳴りながら揺れ動きました。
なんとか、スチールのデスクの下に潜り込みながら
ただただ子ども達のことが心配でした。
揺れがなかなか収まらず
どんどん大きく激しくなり
テレビで観た
阪神淡路大震災や、
最近のニュージーランドの
地震で崩壊したビルの映像がリアルに浮かび
きっとこのビルは崩壊する・・
そう思いながら
「このデスクはどのくらい耐えられるかな?」
としげしげと4本のデスクの足を眺め、
妙に落ち着いた気持ちで
そこに命を託す覚悟をした頃
ようやく揺れが収まりデスクから這い出て見た風景は
棚から飛び出した資料や割れた食器などでいっぱいでした。
隣のビルは屋上がつぶれていましたが、同僚たちは皆無事でした。
携帯はつながらず、不安でいっぱいの数時間でした。
それでも、その夜
私達は家族4人で、自宅の部屋で肩寄せ合って休むことができました。
ラジオから大津波で多くの方が被害に遭われたと伝え聞き
翌日、テレビでその映像を観て言葉を失いました。
毎日余震に怯えながら通勤し
家族が肩寄せ合って夜を過ごすなか
こんどは原発です。
たくさんの方が
郡山に避難されています。
役所の職員初め、多くの方が昼夜なく避難所の対応に追われています。
JRも復旧しないなかガソリンもなく
仕事への通勤さえ思うようにならない・・・
でも、私はまだまだ恵まれています。
多くの方が
家を失い、土地を失い、仕事を失い、家族さえ失って
帰る目途のたたない方ばかりです。
諸悪の根源のように注目されている原発で
福島県の方が多く残って作業をされ
自分の命を引き換えに、私達の命を守るために頑張っておられます。
危険な放水作業をレスキューの方々、
消防庁の方々、
そして自衛隊の方々が実施してくださいました。
ありがとうございました。
しかし、農業や畜産業で放射線濃度が高いとなれば
今後の
経済的打撃は測りしれません。
どうぞみなさん
これからも
福島、東北地方を応援してください。
みなさんの力を借りて
私達は復興に向けて頑張って行こうと思います。
そして、より安全な社会のありかたを
共に考えていきましょう。
2011年03月20日 11:58
沖縄修学旅行
長女が修学旅行で沖縄に行っています。
いつもの家族で行く沖縄とは
きっと全然違う楽しさで弾けていることでしょう。
それにしても
お天気・・・・
大丈夫ですか???
長年勝手に沖縄の親善大使をしている私にとって
大変お世話になっている高校の同級生のみなさんに
お天気の良い日の海を見ていただけないのが
大変残念・・・・ですが・・・
お天気だけは
どうしようもありませんね。
楽しんでかえってらっしゃ~~い♪
いつもの家族で行く沖縄とは
きっと全然違う楽しさで弾けていることでしょう。
それにしても
お天気・・・・
大丈夫ですか???
長年勝手に沖縄の親善大使をしている私にとって
大変お世話になっている高校の同級生のみなさんに
お天気の良い日の海を見ていただけないのが
大変残念・・・・ですが・・・
お天気だけは
どうしようもありませんね。
楽しんでかえってらっしゃ~~い♪
2010年10月23日 23:09
インドの旅 ・・・谷村新司の特集をみて・・・

Hardship in the streets of Varanasi (India) / Ahron de Leeuw
たまたまテレビをつけたら
BSジャパンの
「谷村新司 ココロの巡礼~「昴」30年目の真実~」
をやっていた。
以前夫に連れられて旅したインドも旅の舞台となり
強烈に記憶に残る風景を懐かしく思いながら観ていた。
「またインドに行きたいか?」
と尋ねられても
すぐに
「行きたい!」
とは言えない。
何故かと尋ねられても
はっきりと答えられない。
それがどうしてなのか・・
自分でもよくわからずにいた。
インドでの旅の間
ずっと感じていたモヤモヤした気持ち。
動くことも億劫になる40度を超える猛暑の日々
ひしめき合う人々と
決して衛生的とは言えないバザールの喧騒。
生も死も全てを包み流れるガンジス川の赤く濁った濁流。
喜捨を求める子どもたちの群れ。
それらが嫌で目をそらしたかったわけではない。
むしろ
強烈に私の心に入ってきてとらえていた。
こんなところが
同じ地球上にあったんだ。
その地に立って、感じることができたことは
私の宝でもある。
それなのに
早くインドを出たいと思ったのは何故だろう。
それが、谷村新司の
「自分が旅人である後ろめたさ」
という言葉で納得がいった。
そうだったのだ。
滞在した安いゲストハウスは
オールドデリーのど真ん中にあった。
私達が日中の猛暑で宿で休んでいる時も
骨と皮だけのリクシャワーラー(自転車の人力車の運転手)は
体の大きな客を乗せて自転車のペダルを踏み
建築現場では
やはり、骨と皮だけの様な工夫達が
レンガを背に乗せて運んでいた。
バザールはいつも人が溢れていて
聖なるガンジス川は沐浴をする人々の隣で
洗濯をし、その水で体を洗う
子どもたちが水遊びをするその沖を
布で包まれた死体が流れてゆく・・・・
川岸のガートでは死者の火葬が行われ
その灰もガンジス川に流されていった。
あまりにも強烈な風景に包まれて
あまりにも厳しい「生」の姿を感じ
ただのお気楽な旅行者でいることに後ろめたさを感じてていたのだ。
いろいろなことを感じるのに
何をすることもできない。
なんだか申し訳ないような気持がつきまとっていた。
それは安っぽい偽善だったのかもしれないけれど
ひどく居心地の悪さを感じていたし
また行きたいとは
思えない・・
谷村新司が旅の中で
病気になりながらも、その体験を通して
「昴」の意味を見つけていった。
彼は、インドで彼が出来ることを見つけられた。
その瞬間、
彼はただの旅人ではなくなったような気がした。
ただの旅人でいいじゃないか・・
そう言われるかも知れない。
でも私は
インドでただの旅人でいることが辛かった。
2010年10月23日 14:56


